教職員の割増賃金除外規定の合憲性 |古田法律事務所

事務所通信

小学校教員が時間外労働の割増賃金支払を求めて提訴している事件についての記事に接しました。
DIAMOND online「小学校の先生が埼玉県に「残業代」請求、わざわざ裁判を起こした理由」(福原麻希、2017.12.27)

学校教職員の負担増という話はよく聞くところで、割増賃金などはどうなっているのだろうと思ってはいたのですが、法律で割増賃金が否定されているということは不勉強なことに知りませんでした。実際には、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)で以下のように定められ、100分の4のみなし残業代ぽっきり、ということになっているようです(なお、給特法5条で地方公務員法上の労働基準法適用除外を拡大し、割増賃金に関する労働基準法37条も適用除外としています。)。

第三条 教育職員(校長、副校長及び教頭を除く。以下この条において同じ。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない。
2 教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない。

上記のような規定の根拠は、教員には自発性、創造性に基づく勤務が期待されているといった「職務と勤務態様の特殊性」(給特法1条)と、校外実習や修学旅行等学校の実習・行事、職員会議、災害などやむを得ない場合の業務などの例外を除き時間外労働を指示できないという建前(給特法5条及び6条)によるものと思われます(時間外労働の禁止については、文部科学省の資料「公立学校の教育公務員の勤務時間等について」参照のこと。)。
しかし、自発性や創造性が期待されているからといって割増賃金が全部制限されるというのはそれ自体よく分かりませんし、時間外労働が制限されているという建前も、大いに疑問のあるところです(上記文科省資料のほか、文科省の教員勤務実態調査(平成28年度)の結果を見ても明らかです。)。

そもそも、みなし残業代を設けるに当たっては、基本給とみなし残業部分が明瞭に区別された上で、みなし残業代が何時間の労働に相当するものであるかが明示される必要があります。いくら働いても給料が変わらないというのは労働条件として明らかに不合理であり、残業代抑制のための措置である割増賃金制度を排除してしまうことは、就業時間等の勤労条件の法定を要求する憲法27条2項に実質的に違反しているとも言えそうです。
また、上記のような取扱いは、本来得られるべき割増賃金を否定する点で、一般の職業、とりわけ業務が共通する私立の職員に比べて著しく不利益な取扱いとして、差別取扱いを禁じる憲法14条1項に反するものと考えられます。

この点、過去に給特法の合憲性を判断した裁判例を探したところ、札幌高判平成19年9月27日、京都地判平成20年4月23日労判961号13頁(控訴審の大阪高判平成21年10月1日労判993号25頁で合憲性の判断維持)などがあるようです。
札幌高判は、教員の職務が自発性や創造性の期待されるプロフェッションの性質を持つことに加え、自宅での準備など時間管理が容易でない業務があること、部活の指導やPTA業務など本来の業務か明確でないものがあること、夏休みなど勤務密度の低いときがあることなどから、時間外勤務等手当を適用しないことは極めて合理的であるとした上で、私立教員と比較した際の憲法14条違反の主張については、公立学校と私立学校の勤務条件の決定方式は基本的に異なり、地方公務員の勤務条件は勤務条件法定主義の原則に基づき条例で定められるので(地公法24条、25条)ので、条件に差異が生じても不合理ではない、として主張を退けています。
しかし、労働基準法が労働時間の制限(32条)や割増賃金(37条)を規定している以上、その例外は必要最小限度に留められるべきであり、上記指摘のような事情があるとしても、明らかに本来の業務であることが明確である学校での事務作業等についてまで割増賃金を否定する理由になるのかは疑問です。また、これはより本質的ですが、同じ教員である私立学校との比較で、業務内容の差異ではなく、地方自治法により勤務条件法定主義が適用されるので合憲であるという説明には、全く理由がありません。そうであれば条例の合憲性を問題とすべきですし、ここでは給特法の定めがおかしいと言っているのですから、まさに法定された給特法の制度が合理的かどうかを検討すべきです。札幌高判の理屈では、租税法律主義により租税法規が、罪刑法定主義により刑罰法規が、いずれも常に合憲であるということになりかねません。
京都地判は、札幌地判のように教員の職務の特殊性を論じた上で、かかる特殊性に鑑みて給特法が時間外勤務命令の制限と4%の教職調整額支給を定めたものであり、憲法14条との関係でも合理的であると判断しています。しかし、同じ職務である私立教員との比較については何ら論じられていません。私立と公立の違いは、時間外勤務命令の制限の有無に見出せるのかもしれませんが、そうであれば、建前上制限されているかどうかではなく、実際に時間外勤務命令やそれに基づく時間外勤務があるかどうかを判断すべきであり、公立教師にも時間外勤務があるのだとすれば、もはや給特法による割増賃金否定の合理性はなく、憲法14条との関係でも違憲とされるべきでしょう。
京都地判及び控訴審の大阪高判は、一部の教員につき時間外労働が常態化していたとして安全配慮義務違反による慰謝料請求を認めているのですが、そのような状態であるのに労働基準法による救済が受けられず、時間外労働命令禁止の建前が崩壊した給特法の適用を認めるべき理由は乏しいように思われます。適用違憲とすることも考えられたのではないでしょうか。

以上を踏まえると、仄聞する教職員の勤務実態に照らせば、給特法は違憲の疑いを免れず、このような規定について改正を検討しつつ全く進展のない状況(下記参考論文にも言及があります。)については、立法不作為の違法の疑いもあるのではないかと思います。もしかして裁判官は、自身も裁判官の報酬等に関する法律によって給与が決められ、割増賃金がないことから、給特法の規定に違和感を覚えなかったのかもしれませんが、給与の額が異なりますし、現実の仕事の自律性にも違いがあるので、一緒にするのは不適切でしょう(裁判官にも時間外勤務命令が常態化しているということなのかもしれませんが…)。

上記報道の事件の進展に注視しつつ、いわゆる働き方改革法案により労働時間規制も改正されることから、労働法制の在り方についても勉強を深めようという意を強くした次第です。

※なお、給特法の問題点については、萬井隆令「なぜ公立学校教員に残業手当がつかないのか」(日本労働研究雑誌585号、2009)にも詳しく議論があり、参考になりました。

(弁護士 天白達也)

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