事務所のウェブサイトを開設し、事務所通信のコーナーを設けさせていただきました。
事務所通信としてどのような情報を発信するかはまだはっきり決まっておりませんが、基本的には、執務の中で気になったことや興味深い裁判例があった場合の紹介や、取り組んでいる事案のうち実務上参考になりそうな内容を、差し障りのない範囲で情報発信することを考えております。
ウェブサイト開設後何も記事がないのもやや寂しいように思われるので、今回は、内容証明郵便などの意思表示の通知が届かなかった場合の取扱いについて、調べてみたところを含めて、備忘を兼ねてまとめておくことにします。
内容証明郵便を送ったが届かない、ということは割とよくあるところで、その場合にどのように対応すべきか悩ましいところかと思いますので、何かしらの参考になれば幸いです。
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1 意思表示の到達に関する一般的な基準
最高裁は、「到達」の意味について、受領権限のある者にとって「了知可能の状態におかれたことを意味するものと解すべく、換言すれば意思表示の書面がそれらの者のいわゆる勢力範囲(支配圏)内におかれることを以て足る」と判示しています(最判昭和36年4月20日民集15巻4号774頁:昭和36年最判)。
ただ、この事件の事案は、会社に持参された書面を社長の娘が勝手に受領印を押して受け取り、机の引き出しに入れておいたという場合に到達したと言えるかが問題となったもので(最高裁はこの場合に到達を肯定)、郵便が返送されてしまった場合に「了知可能の状態に置かれた」と言えるのかどうかについてはよくわからないところがあります。
その後、最高裁は、遺留分減殺請求の意思表示として送付された内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に還付された場合の到達の有無が争われた事案について、原審までで実際届いていない以上到達は認められないとされていたことに対し、昭和36年最判を引用し、受取人不在の場合の郵便実務の取扱いに言及した上で、次に引用するとおり、①不在配達通知書の記載等から通知の内容が十分推知できたこと(内容の推知可能性)、②受領しようとすれば内容証明郵便の受領は難しくなかったこと(郵便物の受領可能性)から、社会通念上了知可能な状態に置かれたものとして到達が認められると判示しています(最判平成10年6月11日民集52巻4号1034頁:平成10年最判)。
被上告人は、不在配達通知書の記載により、小川弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知り(右(二)(2)参照)、その内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していたというのであり、さらに、この間弁護士を訪れて遺留分減殺について説明を受けていた等の事情が存することを考慮すると、被上告人としては、本件内容証明郵便の内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができたというべきである。また、被上告人は、本件当時、長期間の不在、その他郵便物を受領し得ない客観的状況にあったものではなく、その主張するように仕事で多忙であったとしても、受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって(右(二)(3)参照)、さしたる労力、困難を伴うことなく本件内容証明郵便を受領することができたものということができる。そうすると、本件内容証明郵便の内容である遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、被上告人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で被上告人に到達したものと認めるのが相当である。
この平成10年最判は、民法1042条により1年という短期消滅時効が定められた遺留分減殺請求の時効中断が認められるか否かという文脈で到達の有無を判断したもので、通知者を保護する必要性がやや大きい事案だと言えますが(一審判決は逆に遺留分減殺請求が形成権であり意思表示により当然に減殺の効力が生じることを指摘)、調査官解説では、契約解除の意思表示など別の場面の通知に関しても、相手方への影響が大きいためより慎重に判断する必要があるものの、判決の示した上記①②の要件による判断枠組みは妥当すると解説されています(河邉義典「判解」『最高裁判所判例解説 民事篇 平成10年度(下)』557-558頁)。
上記のような基準はありますが、平成10年最判の事案と異なり、受領拒絶があった時に到達の有無がどう判断されるのかという点について判断した最高裁の判例は現状存在せず、受領拒絶の場合が、受取人不在の場合の郵便実務を前提とした平成10年最判の射程に含まれるのかどうかは不明です。
(なお、大審院判例では、大判昭和11年2月14日が、受領拒絶の例につき、「所謂到達とは相手方が当該意思表示の内容を了知したることを指すに非ず事物普通の順序に従えば相手方に於て其の内容を了知するを得る状態にまで意思表示を置くこと換言すれば已に其の状態に置かれたる以上相手方に於て早晩之を了知することは一般取引の事例上期して之を待つに足ることを意味す」るとの一般論を述べつつ、相手方の内縁の妻に受領が求められたことで表意者としてなすべきことはされ受領拒絶の危険は相手方に帰すると述べつつ、本人不在も受領できたのに受領しなかったのは故意に受領しなかったものであるとして、意思表示の到達を認めています。)
また、平成10年最判のように、不在で戻ってきた場合でも、具体的に2要件(内容の推知可能性や郵便物の受領可能性)が認められ、社会通念上了知可能な状態に置かれたとして到達を認めてよいのかどうかについては、個別に判断する必要があります。
両方を検討すると長くなるので、今回は、上記のうち受領拒絶の場合について、関連する裁判例を検討の上、到達が認められる基準等を考えます。
2 通知が受領拒絶で戻ってきた場合の到達の有無に関する裁判例
通知の受領拒絶を扱った裁判例はそこまで多くありませんが、検索で見つかった例を検討すると、以下に挙げるとおり、一般的には到達が肯定されているものの、一部例外が見受けられる点が注目されます。
判例① 大阪高判昭和53年11月7日判タ375号90頁〔到達肯定〕
賃料支払を催告する内容証明郵便が受領拒絶され、後で取りに行くとされていたのに取りに来なかったので返送された事案。事前に相手方の妻に口頭で催告内容の告知と受領の督促がされていたこと、郵便を受け取った相手方の母親が相手方の指示により故意に受領せず、後で取りに行くと伝えたこと等の事情から、受領拒絶日の翌日に相手方の支配領域に入り了知可能な状態に置かれ、到達したと認定されています。
平成10年最判と同様の考慮から、内容の推知可能性、受領可能性を基礎づける事情に基づき到達を認めたものと言えそうです。到達日を拒絶の翌日と見ているのは、翌日なら(本人が)取りに行けたはず、という判断なのだと推察されます。
判例② 東京地判平成10年12月25日判タ1067号206頁〔到達肯定〕
時効中断のための貸金債務の支払督促状を普通郵便で送付した後、内容証明郵便でも督促したところ自宅宛は不在返送、事務所宛は受領拒絶で返送されたという事案。受領拒絶されているものについて、①時折自宅に帰っていたので普通郵便の督促状を受領していた可能性が高いこと、②事務員による受領拒絶(督促に先立つ債務承認書の送付も含めて2回)は指示がないのにされることは考えにくいこと、③相手方本人は事務所に出勤していないが、定期的に事務所から連絡があったはずなので、内容証明郵便が配達されたことも伝えられていたと思われることから、貸金債務の請求関係書類が送付されていたことを了知していた可能性が高いとして、「到達したものとみなし、催告の効果を認める」のが相当であるとしています。
これも平成10年最判の枠組によったと同様の事情を指摘しています。事実関係からして結論も相当と思われますが、到達したと判断するのではなく到達したと「みなし」ている点にはやや違和感があります。昭和36年最判はもとより、判決時には平成10年最判も出ているので、その趣旨からしても、みなし到達といった結論にする必要はなかったのではないかという気もするところです。
なお、上記にも関係しますが、本判決は、上記判断に加えて、「仮にその様に認められないとしても、前記のような時効制度の趣旨を前提として考えると、原告は…債権者としてなし得る限りのことをしているのであって、権利の上に眠る者とは到底いえないし、他方、右催告が被告らに到達しなかった原因はもっぱら…被告側にあるのであるから、右送付に催告の効果を認めなければ、結局債権者には時効中断のためにとりうる手段がないことになり、著しく不当な結果となる」との判示もしています。実際に届いていないので到達そのものは認め難いが認めないとおかしい、という熱い気持ちを感じますが、時効制度の趣旨から意思表示の到達を議論するというのはやや飛躍があるように思われます(気持ちはよく分かりますが…)。すなわち、最判平成10年の判旨からしても、時効だと到達しやすいといった「社会通念」があるとは言えないでしょうし、時効中断の催告だけ発信主義ないしそれに近いものである、というのは条文上の根拠を欠き、疑問があるところです(ただし、前掲河邉調査官解説557頁は到達したかの判断に意思表示の性質や当事者の利益状況が関係し得るとしています。)。いずれにせよ、到達の有無に係る判断についての裁判官の問題意識が窺われるように思われる点は参考になります。
判例③ 東京地判平成23年3月28日(LLI/DB 判例番号L06630164)〔到達否定〕
遺留分減殺請求の意思表示として送付された内容証明郵便が不在返送や受領拒絶での返送を受けたという事案。このうち受領拒絶の内容証明郵便については、相手方の勤務先である法律事務所に送付されたはずが、宛先の法律事務所名に誤記があり、この郵便が相手方本人帰宅後の事務所に届けられたところ、たまたま訪ねていた知人が、名前が違うということでうっかり受け取ってはまずいと考え、「宛名も違い、受取る理由がないため拒否します。」との付箋をつけて受領拒絶したという事情がありました。これに基づき、内容証明郵便は到達しなかったものと判断されています。
そもそも送付の方法に不備があり、受け取った者として受領しないことが不合理でない状況からすれば、正しく支配圏内に入り了知可能な状態に至ったとはいえないという理解に基づくものと考えられ、妥当な判断と思われます。平成10年最判の基準との関係でいえば、誤配と信じて受領しなかった以上、受領可能性が否定されるという説明になりそうです。
それでは、仮に本人が事務所にいた時間に本人が受領していたとすればどうなるのかということですが、その場合、差出人との相続争いについて認識していた場合には、宛先の事務所名はおかしいとしても、差出人や宛先住所からして自分への相続に関する連絡であると推察し得るところで、宛先違いを理由に受領拒絶したとしても到達が認められる可能性はありそうに思われます。
3 通知の受領拒絶に関する裁判例の考察
以上の通知受領拒絶に関する裁判例からは、受領できたのに拒絶したというだけで直ちに到達ありということではなく、平成10年最判と同様に、内容の推知可能性や、郵便物の受領可能性(本人以外の者が受け取って拒絶した場合に、後で本人が取りに行けるか)が考慮された上で、到達の有無が判断されているものと見ることができます。
結果的に不在返送の場合の平成10年最判と類似した判断枠組みによっていることは、返送の理由によって到達の判断枠組み自体を変えるべき理由が特段見当たらないように思われることからして、自然な判断方法だと思います。実務上も、受領拒絶があった際には、不在配達通知書を見るまでもなくそれと同等の情報が受領拒絶者に提供されているのだということを説明した上で、平成10年最判と同じ判断枠組みによるべきという主張を行うことができそうです。
受領拒絶の事例が、次回検討する予定の不在返送された事例と違いがあるとすれば、受領できたのに敢えて拒絶しているということから、受け取らない合理的理由がない場合に、内容を推知した上で敢えて受け取らなかったことが推認されるということが言えそうです。また、不在と異なり、届いていること自体はほぼ確実に分かっていると言えることから、受領可能性が容易に認められやすいという事情もあります。その結果として、受領拒絶の場合は到達が認められやすい、ということは言えそうです。
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次回は、この続きとして、不在で通知が返送されてきた場合その他の事例について、裁判例を検討してみようと思います。
(弁護士 天白達也)