少し間が空いてしまいましたが、これまで長々と意思表示の到達に支障があった場合の裁判例を見てきたことの続きとして、意思表示の到達に関するその他の興味深い裁判例の紹介と、相手方の到達妨害によるみなし到達を認める改正民法の規定を確認するなどしておきます。
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1 意思表示の到達に関するその他の裁判例(内容証明郵便以外)
前回までは内容証明郵便の到達に関する裁判例を見てきましたが、ここでは、それ以外の手段で送付した場合の到達の成否が問題となった事例を見ることにします。
普通郵便による通知の到達に関する裁判例
普通郵便による通知が到達したと言えるかについて、裁判例は内容証明郵便より厳しく評価しているように見受けられます。
不在返送された内容証明の到達肯定例として前回検討した東京地判平成19年9月14日(WestlawJapan文献番号2007WLJPCA9148023)は、内容証明郵便が不在返送された後、内容証明郵便及び普通郵便で再送された解除通知のうち普通郵便について「普通郵便が、返送されていないことから、直ちに、被告方に郵送されたと認めることができない」として、到達を否定しています。
また、前々回検討した、宛先誤記があった内容証明郵便の受領拒絶につき到達を否定した東京地判平成23年3月28日(LLI/DB 判例番号L06630164)は、普通郵便で送付された通知について、相手方が理由は分からないが見ていないと供述していることを踏まえつつ、「現在の東京都内における郵便事業の実施状況からすると、特殊取扱のされない普通郵便物であっても、通常は差出しから僅かの日数で宛先に配達されるということができる(公知の事実である。)。しかしながら、普通郵便物は、書留の特殊取扱とは異なり引受けから配達に至るまでの過程が記録されるわけではないし(郵便法45条1項参照)、配達証明及び内容証明の特殊取扱とは異なり郵便物の配達又は交付の事実や郵便物の内容である文書の内容が証明されるわけでもない(同法47条、48条1項参照)。郵便物には何らかの理由で配達がされなかったり、受取人以外の者の郵便受けに配達されてしまうというリスクがあり得ること(被告本人も、そのような経験があることについて供述している。)、そのようなリスクを回避して郵便物の送付によって形成される法律関係を明確にするために、内容証明や配達証明といった郵便物の特殊取扱が定められていることに鑑みると、受取人が普通郵便物が配達された事実を争っている以上、当該普通郵便物を差し出したという立証だけでこれが受取人に配達されたという事実を認めるのは相当でないというべきである。」として、普通郵便では配達されたと認めることはできないとしています。
公知の事実として送付の確実性の高さを認めておきながら、郵便制度の特殊取扱の趣旨(もっとも、法律関係を明確にするために利用できることと、そのために定められた制度であるという評価の間には飛躍がある。郵便法も特別送達を定める49条で民事訴訟法を参照するほか、特殊取扱と司法制度を紐づけていません。)から、内容証明等を利用しなかったことにより普通郵便の到達の事実を否定することは相当なのかという疑問がありますが、言わんとすることは分からなくもありません。
他方で、東京地判平成17年9月1日(LLI/DB判例番号L06033260)は、貸付債権の返済を求める催告書について、内容証明郵便で送付したところ不在で留め置かれたことを郵便追跡サービスで確認したことから、催告書の写しを同封の上内容証明郵便の受領を求める通知書を速達普通郵便で送付したという事案です。結局内容証明郵便は返送されてきたのですが、判決では、かかる経緯と、発送地から送付先が近接していること、そして「郵便事故の起きる確率が極めて低いという事情を考慮すると、(本件内容証明郵便についてははともかく)本件普通郵便については」配達されたと推認されるとして、普通郵便による到達が認められています。当事者は内容証明郵便について平成10年最判を援用して到達を主張しているのですが、敢えて予備的?な普通郵便での到達主張を認めた形となっています。
発送地から送付先が近いという指摘は、到達日の判断(遅くとも普通郵便発送の2日後に到達したと認定)に影響しており、到達の有無自体には関係ないと思われます。判決指摘のように、普通郵便であっても現実的に届く可能性は極めて高く、民事裁判であり経験則に照らした検討により通常人が疑いを差し挟まない程度に証明されれば足りるということに鑑みると、普通郵便で送付した事実及び内容さえ立証できれば、この裁判例のように評価するのが相当であるように思われます。送付の事実と内容については、内容証明郵便と同時に特定記録郵便で同内容を入れて投函させるようにすれば、同内容の通知を行ったことも推認されるのではないかと思われるところです。
実際に、東京地判平成22年9月2日(WestlawJapan文献番号2010WLJPCA09028016)は、内容証明郵便と普通郵便で同時に賃料不払による賃貸借契約の解約を通知したところ、内容証明郵便は不在返送された(普通郵便は賃料の弁済提供後に気付いたとされている)事案で、内容証明郵便が配達されたのと同様の時間に普通郵便が配達され、到達したものと推認され、普通郵便による到達が認められています。
電子メールの到達に関する裁判例
東京地判平成29年4月13日金商1535号56頁は、電子メールで送付された取締役会招集通知が到達していなかったとして、取締役会決議の無効が争われた事件です。判決では、到達の基準につき昭和36年最判を引用しつつ、「原告は、自らパソコンを操作することがなかったため、原告の被告社内におけるパソコンは、秘書室において管理されていた。少なくともJ〔注:証人〕が被告に勤務していた当時は、被告において原告に割り当てられていたメールアドレス宛てに電子メールが送信されることがなく、秘書室においても、同アドレスの受信状況を確認することはなかった。」との事実認定から、メールが送付先アドレスのメールサーバに記録されたことをもってメールが了知可能な状態に置かれたということはできないとして到達を否定しています。加えて、判決では、招集通知メールの送信が取締役会前日の深夜23:23で、取締役会がその翌日9:30開始であったことから、実質的に見ても招集通知がされたと評価することは困難であるとされています(ただし決議に影響を与える瑕疵ではないとして請求は棄却)。
一般論として、電子メールでの通知は、アドレスの誤りや特殊な通信障害がなければ送付して間もなく送付先に到達するものと考えられるところであり、上記裁判例も、そのことは前提にしているものと思われます。ただ、この例では、送付先(原告)が当該メールアドレスのメールを確認するような状態になかったという事実から、メールが届いたとしても到達にはならない、と判断しています。普段メールを使っていない相手にメールで通知したところで意味がないというのはその通りであり、妥当な判断かと思います(おそらく見ないだろうと思ってメールで通知した疑いも強いところです。同族会社のようであり、パソコンを普段使わないといった事情も知っていたのでしょうし…)。パソコンが苦手でメールを見ない役員というのは意外に多いところであり、メールで通知しているから大丈夫(あるいはメールで受け取っている以上通知の到達を争えない)と言えるのかについては、普段の取扱いを含めてよく確認する必要がありそうです。
2 返送された通知の到達が認められる場合の到達時期に関する考察
受領拒絶や不在で返送された通知について到達を認める場合に、いつの時点で到達したと言えるかという論点があります。期間ギリギリに通知を送ることもままあるので、数日間であっても到達時期は問題となるところです。この点につき、最判平成10年は、期間がそこまで切羽詰まっていなかったことから、「遅くとも留置期間が満了した時点」とお茶を濁しており、判断を下していません(河邉義典「判解」『最高裁判所判例解説 民事篇 平成10年度(下)』558頁参照)。
この点について注釈民法を読むと、到達を認める時期が早い順に不在配達通知書差置時説、受領することが可能であった時点説、留置期間経過時説が紹介された上で、故意の受領拒絶とほぼ同視し得る相手方との利益衡量から不在配達通知書差置時説が妥当であるとされています(川島武宜=平井宜雄編『新版注釈民法(3)』(2003、有斐閣)〔須永醇〕541-542頁)。しかし、不在返送の場合を故意の受領拒絶と同視してよいのかという疑問もあるほか、平成10年最判が受領可能性を問題としており、不在配達通知書差置きから3日後に家に戻ってきたため受領可能性が満たされるような場合も考えられることからすれば、不在返送の事例で不在配達通知書差置時説を支持することは難しいようにも思われます。
では到達を肯定した裁判例ではどうなっているかというと、受領拒絶の事例では受領拒絶がされた日、不在返送の事例では留置・保管期間の経過日をもって到達したものとされています。不在返送の例では、最判平成10年を引きつつ「遅くとも…」という言い方をしているものが多く、最判平成10年が棚上げにしたことが(実際には判断を下していないものの)影響しているように思われます。厳密に受領日が問題となる事例でどのように判断されるのかについては先例が見当たりませんが、受領日を争う事案では、いつから受領可能だったかで判断されることになるのではないかと予想します。
3 改正民法97条2項の影響
2020年4月1日から施行される改正民法では、一般的に到達主義が採用された上で、「相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。」(改正民法97条2項)と定められることになりました。この規定と、これまで見てきた裁判例との関係が問題になるところです。
改正民法97条2項の趣旨については、立案担当者が、「到達」の意義自体については改正しておらず旧法下の判例等が直ちに否定されるものではないこと、最判平成10年のような不在返送のケースは、新法の下では到達を「妨げた」ものと評価し、改正民法97条2項で処理することができるものと解される、と説明しています(筒井健夫=村松秀樹『一問一答民法(債権関係)改正』(2018年、商事法務)25頁)。
受領拒絶については、到達を拒絶する行為そのものなので、新法に基づけば、受領を拒む正当な理由(前々回見た、宛先がずれている場合など。それでも受け取るべきという場合は多そうではあります)がなければ到達妨害として到達したものと見なされることになるでしょう。不在返送の場合も、平成10年最判のように、内容の了知可能性と受領可能性があれば、受け取ることが期待されるところであり、それなのにわざと受け取らないことは、到達を妨げたものとして評価できるということで違和感はなく、結論としては改正民法下でもこれまでと同様な判断を、条文上の「正当な理由」の評価として行うことになるものと考えられます。
4 通知に関して取るべき対応(簡単なまとめ)
ここまでの内容を踏まえると、これまで通知を送ったことがなく、届くかどうかも定かでない相手(個人など)については、期限に余裕をもって最初の通知を内容証明郵便で行った上で、内容証明郵便が届かなかった場合には、再度内容証明郵便を送付するだけでなく、同内容を同封した特定記録郵便も同時に送付して投函させ(期限に余裕がない場合は最初から同送することもあり得る)、もし連絡先が分かるようであれば電話やFAXでも連絡を行う、という形で万全を期す必要がありそうです。
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書き始めると意外に長くなり、途中で記事を書くのが止まってしまったこともあるので、今後はもう少し短い内容を心がけようと思います。
(弁護士 天白達也)