事例報告:外国人被疑者との接見用ノート国賠 |古田法律事務所

事務所通信

先日予告をしました,名古屋地方裁判所令和元年(ワ)第5143号事件について2020年9月29日に言い渡された判決の内容を報告します(長文)。

<事案の概要>
本件判決は,私が弁護人であった刑事事件において,英国籍を有し,英語を母国語とする依頼者が,私が「弁護人との接見用」と表書きして差し入れたノート(本件ノート)中に,取調べの内容等接見の際に私に伝達するべき情報や,私との接見に際して説明を受けた情報などを英語で記載し(ようとし)たところ,留置場所である愛知県昭和警察署の留置担当官が,①本件ノートの内容を確認し,②英語での書込みを禁止し,③英語による書込みがあったページを破棄させた各行為について,いずれも違法と断じ,①③については弁護人(私)の秘密交通権及び接見交通権を侵害するものとして,被告(愛知県)に対して損害賠償金の支払を命じたものです(②については,違法ではあるがその後A氏が本件ノートに書込みをして接見をしていることから接見交通権の侵害はないとされました)。

<本件判決の内容>
被告は,①については刑事収容施設法第212条1項に基づく「検査」として適法である等,②については強制を伴わないものであり前記「検査」のために必要かつ相当な行為である(英語では記載されている内容が確認できない)等,③については強制を伴わないものでありノートが宅下げの際には同法第228条2項及び3項に基づく「信書」の「検査」の対象となることから適法である等,それぞれ主張しました。

本件判決は,前述のとおり①②③いずれも違法としましたが,その理由の要旨は,以下のとおりです(括弧は判決文からの引用,下線は私が付したものです)。
①について,
・「被留置者が,弁護人等との接見に備えて取調べの内容や疑問点,意見等を記載し,あるいは接見の内容を記載した文書(被疑者ノート)を作成することは,接見行為そのものではないものの,面会時における口頭の意思疎通を補完し,又はこれと一体となって弁護人等の援助の内容となるものである」。
・「接見交通権及び秘密交通権の重要性,被疑者ノートの性質に照らせば,留置担当官による刑事収容施設法に基づく検査に際しては,被疑者ノートの秘密の保護のための可能な限りの配慮をすることが職務上義務付けられている」。
・検査の許容限度は,「留置施設の規律及び秩序維持の必要性の程度と,侵害される利益の内容・程度等とを比較衡量して決することが必要である」。
被疑者ノートに対する検査は,「原則として検査対象文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度で許容される物であり,外形上,被疑者ノートに該当することが確認された場合には,……特段の事情がない限り」国賠法上違法であるが,本件では「特段の事情があったとは認められない」。
②について,
・刑事収容施設法は,「外国語による信書の発受の前提として,被留置者が所持品に外国語による記載をすることを想定し,許容しているものと解するのが相当である」。
・A氏が日本語を一部理解できたとしても,「母国語の英語と比較すれば日本語との理解や表現の能力に相当程度の際があり,英語の使用を禁じられることで,本件ノートに取調べの内容や疑問点,意見等を記載する上で一定程度の支障を生じるものと認められる」から英語を用いる必要性,相当性があった。
・以上によれば,英語での書込禁止は,「法的根拠がないのに,これを禁じたものであり,違法である」。
③について,
・「本件ノートは,その外形から被疑者ノートに該当することが確認できるものであり,……特段の事情があったとは認められない」から違法である。
・「本件破棄要請が任意の協力を求めたにすぎないものであるとは認められない」。

また,本件判決は,前述のとおり①③が弁護人の秘密交通権または接見交通権を侵害するものと判断しましたが,その理由の要旨は,以下のとおりです(括弧は判決文からの引用,下線は私が付したものです)。
・①は,弁護人と被疑者「との間の情報伝達の内容を確認するものであるから」,秘密交通権の侵害にあたる。
・③は,弁護人と被疑者「との間の接見交通を効率的に行うことを阻害するものであるから,原告の接見交通権の侵害に当たる」。
・被告は,弁護人が被疑者と立会人なく接見できていたことや,③によって弁護人が得た情報量に無視し得ないほどの差異があったとは思われない(破棄時にローマ字で転記させているから)などと主張するが,「仮に実際の接見に支障が生じなかったとしても,……特段の事情無く被疑者ノートの内容を確認すること自体が秘密交通権の侵害に当たる」し,英語を母国語とする被疑者との「接見においては,原告が日本語のローマ字表記を読み取って本件被疑者に確認し,本件被疑者において説明を加えるなどの手間が必要になるのであり,……情報伝達の迅速性が害されるとともに,伝達される情報量も減少した蓋然性がある」。

<所感>
正当な判決です。

本件ノートの検査について,表現上,比較衡量の結果によっては検査の対象となるという点に不満は残りますが,許容されるのが「特段の事情」がある場合に限定しており,現実にこれが認められることは極めて例外的と思われますから,弁護人と被疑者とのやり取りの重要性は,概ね正当に判断されているといえます。

英語での書込み禁止に法律上の根拠がないとした点は,当然のことを当然であると明確に判断したことに,大きな意義があると考えます。なお,外国語での書字が許されないとなると,外国語を使用する人は,それだけを理由に一律書字の自由を奪われるということになりますが,そのような結論がおよそ許容されるはずがないことは,明らかです。

被疑者が弁護人との接見に備えて,または接見の内容を踏まえて記載した文書が,接見行為による意思疎通を補完し,またはこれと一体となって援助の内容となるとして,本件ノートが秘密交通権及び接見交通権の対象になるとした点は,要を得た極めて正当な判断です。英語での書込みを禁止することにより,効率的な接見交通を妨げるとしたことも,まさしく「その通り」です。
接見交通は,弁護人と依頼者とのコミュニケーションですが,伝わったか/伝わらなかったか,それによって具体的な支障が生じたか/生じなかったかを検証することは,極めて困難です。本件判決が,母国語ではない日本語(ローマ字)を使用することにより「効率的」なコミュニケーションに支障が生じた「蓋然性」を指摘する点は,当たり前のことですが,極めて重要と思われます。

<古田宜行>

10月14日追記:10月13日付けで,被告側から控訴があったとのこと。「外国語を使用するっぽい見た目の人には,書字の自由もノートの秘密もない!」ということのようです。

PAGE TOP